「教育立県・埼玉」をめざして

初の一般質問となった平成7年12月の定例会で私は、「教育」を県政の基本理念に据えるよう「教育立県・埼玉 」をめざせと提唱させていただきました。

フランスの作家シャルル・ペギーは、「教育の危機は、教育の危機ではなく、生命の危機なのだ」と述べております。確かに、今日の教育の危機は、国家の存立ばかりか人類の未来をも危機にさらしかねないのです。ゆえに、21世紀を真に「生命尊厳の世紀」「平和の世紀」とするためにも、大人の義務として「人間教育」に全力を傾注しなければならないと考えます。

では、なぜ今日のような教育の危機を迎えることとなったのでしょうか。端的にいうなら、教育に「子どもの幸福のため」という視点がなかったが故と考えます。明治政府以来、日本は、欧米に「追いつけ、追い越せ」で富国強兵の政策を進め、そのための教育を施してきました。行き着いた先は、軍国主義に民衆が破れ国が滅ぶという結果 となりました。戦後は、経済至上主義のもと、各家庭がいわゆる”東大から大蔵省へ”を頂点とした、いわゆる”エリート”を輩出することに血眼となり、子どもたちは点数と学歴に管理される結果 となりました。豊かな社会と引き替えに心は豊かさを失い、子どもたちの命は過度の競争主義に押しつぶされ、そのあえぎはじめはイジメや登校拒否、さらには少年犯罪という歪んだ形で噴出しております。
しかし、これらのことは大人社会の反映であります。だからこそ、「子どもは、我々よりもまたすべての教師よりも真・善・美に近い。子どもを教えるということは、むしろ僭越である。我々こそ子どもより学ぶべき多くのことを持っている」とのトルストイの言葉を持つまでもなく、謙虚に我々の生き方を振り返り、変革する努力が必要でありましょう。
ところで、現実はどうか。残念ながら、家庭、学校、地域・社会が責任を他者に転嫁することはあっても、自らの責任に思いを巡らせることは少ないようです。これでは、根本的解決にはなりません。

私は、家庭、学校、地域・社会のそれぞれが自らの責任を発揮し、それぞれが力を合わせ、次代を担う青少年の育成に全力を挙げる、温かい埼玉 県でなければならないとかんがえます。
と申しますのも、私自身、家庭的悩みから”ねくら”の少年時代でしたが、学校はもとより、地域の多くの皆様の激励があって今日の基礎が作られたからと実感するからです。特に、5期生として入学した創価高等学校・創価大学では、人生の師である創立者・池田大作先生の激励に触れる中で、愚鈍の私でも自身の使命のなんたるかを、わずかではありますが自覚することができました。
自身の経験に照らして、仮に学校でその子の可能性を引き出してあげることができなければ家庭で引き出せばいい。家庭がダメなら地域・社会が見つけてあげればいい。その子の可能性を信じ、育ててあげる人が1人いればいいのです。かの坂本龍馬もエジソンも、レオナルド・ダ・ビンチもそうでした。21世紀の龍馬もエジソンも本県にいるはずです。要するに、ダイヤモンドの原石は、県内に限りなく存在しているのです。それを「みんなの手で磨いていこうよ」というのが私の考える「教育立県」です。あわせて、「学びたい人がいたら、いつでもどこでも学習の場を提供します」というのも教育立県の理想像です。

では、どうしたらよいか。まず、教育に「教育の目的は子どもの幸福にある」との哲学を持たせるべきです。その上で、家庭、学校、地域・社会が、それぞれの在り方、役割を謙虚に見直しながら自らの改革に取り組むべきと考えます。
家庭では、躾は当然として「親の背を見て子は育つ」というように、親が自ら人間的に成長するよう日々努力することが必要でしょう。他人と比べるのではなく、昨日の自分と比べながら。
学校現場では「教師こそ最高の教育環境である」との自覚を持った教師が求められます。教師自らの「児童・生徒のために自身を捧げる」との使命感と情熱こそが、「人間的な価値ある生き方」を伝えることができます。そのうえで、児童・生徒の視点に立ち、各人の可能性を引き出すゆとりある教育にするために柔軟な教育改革が必要です。
地域・社会では、「多様性」と「特徴」を認めあえる心のバリアフリーを築くことが急務と考えます。そのような懐の深い地域・社会になることが、子どもの世界に安心と希望を与えると考えます。
また、子ども相手の過度の商業主義も、歯止めをかけなければなりません。是非、地域・社会の役割として取り組んでほしいものです。
結論としていえば「教育立県」を目指すうえで大事なことは、子どもを取り巻く大人社会が、「他者に奉仕してこそ人生」との確固たる哲学のもと成長し続けることが肝要です。

過日、インド・デリー大学のメータ副総長は、母校創価大学で次のようにスピーチされました。
「21世紀は『正義を追及する世紀』 となるでしょう。それは『精神の世紀』『社会秩序のある世紀』であり、『平和』と『愛』と『友情』で万民が結ばれ、新しい自分に目ざめ、新しい自分を発見し、新しい自分を磨き上げる世紀です」
このような、新世紀を築けたときに本県も真の「教育立県」となるでしょう。
その日をめざし、私は微力ではありますが皆様とともに皆様のために働いてまいります。「政治に関して、どうすればわからなくなったら、常に弱者の顔を思い浮かべなさい。そして、なそうとしている政策が、弱者にどんな影響を与えるかを、よく考えることだ」とのガンジーの言葉を肝に銘じながら。

埼玉県議会議員 畠山清彦

このページのTOPへ