作家村上龍が対談・鼎談を行っている『「教育の崩壊」という嘘』という本があります。ここで彼は、「日本の教育が崩壊しているのではなく、教師や親の子どもに対する『権威によるコントロール』が崩壊しているのだ」と述べ、コミュニケーションの重要性を訴え、大人がどう生きればいいかという希望を示すべきだと強調しています。いずれにしても教育は危機的状況です。フランスの作家シャルルペギーは、「教育の危機は、教育の危機ではなく、生命の危機である」と訴えましたが、今こそ教育の復権−「教育のための社会」への転換が必要です。
過日私は広島県に行き、村上龍との対談者の一人でもある神辺西中学校の藤原幸博校長に会ってきました。藤原校長は、2000年の9月に、本人にも回りにも学習権を取り戻す方法として、懸命な努力をしたうえで最後の最後にやむにやまれず苦渋の選択として、全国で初めて二人の生徒に2週間の出席停止処分を下しました。約2時間、事の本質などお話を伺いましたが、帰る際に一枚の色紙を頂きました。色紙には、「学ぶことが楽しみに 働くことがよろこびに 生きることが幸せになる そんな 社会を求めて」とありました。まさしく、我が党が提案している「教育のための社会」の一つのイメージがそこにあります。
(1)教師の質の向上のために=教師の評価制度について
かつて私は、教育者牧口常三郎先生の言葉「教師こそ最大の教育環境である」を紹介いたしましたが、その後、教育現場の視察を行えば行うほどこの箴言が正しいとの確信を深めました。神辺西中の藤原校長は、「子どもを嫌いな先生は去れ」と明確におっしゃっておりました。また、「子どもを恋人のように思え。恋人やったら、『今何しとるかな』とか、『何かあったかな』とか、気になるだろう。気になったらすぐ電話をかけるか、会いに行くだろう。その時が心を交わす一番のチャンスなんや。あれっと思ったときすぐ動く。だから『ぶらり訪問』をせよと言うとるんや」とも。「ぶらり訪問」とは、神辺西中が日常的に行っている家庭訪問のことです。
私は、このようなより良い教師を見つけ伸ばすためにも、教師をきちんと評価すべきと考えます。頑張っても頑張らなくても給与は同じ、不適格でも学校を移るだけというのは、不自然です。「評価制度がないこと自体がおかしい」との保護者の声もあります。
そこで私は、評価制度について次のように提案します。評価は、児童・生徒、保護者、学校評議員、校長等の管理職、同僚、自己の6つの角度からの総合評価とすべきです。結果 については、プラスの評価は人事及び給与査定に反映し、マイナスの評価は給与にではなく研修でホローすべきでしょう。教育長のご所見をお伺いいたします。
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